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144年 [三国志・年表]

144年:建康元年(漢安3年)
・皇帝:冲帝(劉炳)
・太后:梁太后・梁妠(どう)(梁商の娘)(摂政)
・将相大臣:趙俊(太傅)・梁冀(大将軍)・趙沖→張貢(護姜校尉)
・三公:李固(太尉)・胡広(司徒)・趙戒(司空)

☆(144年当時の)中国全土の戸数と人口
 
春:
・護姜校尉の趙沖が、涼州の武威郡東部の河水(鸇陰河・せんいんか)にて姜族の兵に殺される。
・順帝は、戦死した趙沖の功にむくいるため、趙沖の子を義陽亭候に封じる。

四月:
・炳(2歳)を皇太子に立て、改元。新しい元号は、建康となる。
・匈奴中郎将である馬寔(ばしょく)が、南匈奴左部(さぶ)を撃破する。
・これにより、胡族、姜族、烏垣族の告降人の数は七十万以上をかぞえたといわれる。 
 
八月:
・(庚午の日)順帝(30歳)が崩じ、皇太子・炳が即位(冲帝)し、梁皇后は太后となる。
・(丁丑の日)大尉の趙俊を太傅、大司農の李固を大尉とする。

九月:
・(丙午の日)順帝を洛陽の憲陵に葬り「敬宗」と追尊。 
  
十一月:
・揚州・九江郡の盗賊である徐鳳(じょほう)と馬勉(ばべん)が城邑(じょうゆう)を攻め、焼き討ち。
・徐鳳は無上将軍と自称し、馬勉は皇帝を称え、当塗(とうと)県の山中に塁を築き、百官を置き、年号を建て、盗賊による王朝がひらかれる。

十二月:
・九江郡の盗賊である黄虎(こうこ)が合肥(ごうひ)を攻め、順帝が埋葬されている憲陵には群盗が出没し盗掘がおこなわれる。

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