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166年 [三国志・年表]

166年:延熹9年
・皇帝:桓帝(35歳)
・皇后:竇貴人
・将相大臣:
・三公:(太尉)陳蕃→周景・(司徒)・(司空)
・曹操(11歳)・孫堅(10歳)・劉備(5歳)
 
・このころ太学の学生は三万ほどいて、そのあいだで李膺と陳蕃の人気は絶大である。
(天下の模楷(ぼかい)は李元礼=李膺)
(強禦を畏れぬ陳忠挙=陳蕃)
(天下の俊秀は王叔茂=王暢)

・李膺の禍殃。
(河南の張成は、風角(占い)によって大赦を予見し、息子に殺人を行わせる。李膺は子を逮捕するが、大赦があり釈放しなければならなくなる。しかし李膺は張成の子を釈放せず拷問にかけ殺す。)
(張成は弟子の牢脩(ろうしゅう)に上訴を書かせ、これを援護した宦官たちの誣告の声により、桓帝が激怒し、李膺を有罪とする。)
(大尉である陳蕃がこれを却下したことを知った桓帝は、李膺、范滂(はんぼう)らを黄門北寺獄へ下す。)
(危機感をおぼえた陳蕃が上書において極諫をおこなうが、桓帝を不快にさせ、陳蕃は李膺らを救えないまま大尉を罷免される。かわって大尉となったのは、光祿勲であった周景。)

・この年、鮮卑の檀石槐が、広大な支配地をわけて三分とし、各部に大人を置く。
(朝廷は、檀石槐を王に封じて、和親を結ぼうとするが、中華の皇帝の下風に立つ気のない檀石槐は和親せず、侵寇をおこなう。)

【忘備録・資治通鑑】
・荀爽が郎中(春)に。
・張奐が大司農(春)に、匈奴中郎将(秋)に。
・皇甫規がふたたび度遼将軍(夏)に。
・党人の議?

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三国志 第二巻 (文春文庫) 三国志 第二巻

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